公開日:2026.03.31
最終更新日:2026.04.01

【サステナブル・ブランド国際会議2026 セッションレポート】 SB-Japanフォーラム分科会報告 「SSBJを活用する」の展開

2026年2月に開催された「第10回サステナブル・ブランド国際会議2026 東京・丸の内」において、セッション『SB-Japanフォーラム分科会報告 「SSBJを活用する」の展開』が行われました。

「SB-Japanフォーラム」とは、株式会社Sincが運営する、企業のサステナブル戦略を支援し、議論と実践の場を提供する法人コミュニティです。本セッションは、今年度全4回にわたり開催されてきた同フォーラムのSSBJ分科会の総まとめとして実施されました。

SSBJサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)の適用による有価証券報告書(有報)でのサステナビリティ情報開示の義務化を見据え、企業はこれを単なるコンプライアンス対応にとどめず、どう経営やIR戦略に活かしていくべきかが議論されました。

本記事では、企業支援の立場で、全ての「SB-Japanフォーラム」SSBJ分科会および本セッションにも参加した筆者(YUIDEA 大村)の視点から、当日のディスカッションの要点をお届けします。事業会社の皆様が直面する実務負担の重さへの懸念、有価証券報告書と統合報告書の使い分けなど、リアルな課題解決へのヒントをご紹介します。

「自由演技」から「法定開示」の過渡期へ

セッションの冒頭、ファシリテーターを務める株式会社Sincの山吹善彦氏から、本セッションのメインテーマである「自主開示と法定開示の使い分け」と「SSBJ基準をどう活かすか」という論点が提示されました。山吹氏は、「それを経営に活かすためにマネジメントへどう組み込み、財務への影響をどう考えていくかが問われるようになっている」と議論の方向性を位置づけました。

続いて、実際にSSBJ基準の策定にも深く携わった公認会計士の森洋一氏より、ISSB/SSBJが志向する基本思想について解説がありました。開示の目的はあくまで「投資家の意思決定支援」であり、企業にとって何が重要課題(マテリアリティ)であるかを会社側の視点でしっかり伝え、投資家との間に対話を生み出すことが根本にあります。

森氏が指摘した現在の日本企業の課題は、開示媒体の特性の違いです。これまでの統合報告書やサステナビリティレポートは、欧州型に近い「柔らかい自由演技」の場でした。しかし現在は、米国の証券法をベースとした形式の厳格な「硬い書類」である有報の中に、サステナビリティ情報を組み込もうとする過渡期にあります。

この指摘を受け、株式会社QUICKの山本高嗣氏は、「開示はゴールではなくスタート」と強調しました。有報への対応を単なる義務や作業として捉えるのではなく、経営者とステークホルダー(特に投資家)の間に存在する「情報の非対称性」を埋め、投資家からのフィードバックを経営に生かす「コーポレート・コミュニケーション(IR戦略)」として活用していく視点こそが、この過渡期を乗り越える鍵となります。

事業会社のリアルな悩みと「訂正リスク」への誤解

この「柔らかい自由演技」から「硬い書類」への移行において、事業会社はどのような壁に直面しているのでしょうか。日本マクドナルド株式会社の牧陽子氏から、実務現場のリアルな悩みが語られました。

同社ではこれまで、プライム上場企業ではない利点を活かし、クイズを入れるなど読者が楽しめる「自由演技」のサステナビリティレポートを制作してきました。しかし、グローバルな要請や評価機関への対応により「たしかに年々レポートが硬くなっている」という実感があるといいます。また、機関投資家よりも個人投資家の比率が高い同社にとって、厳密な開示にどこまでリソースを割くべきか、「結局これは誰のための、何のレポートなのか」という本質的な疑問も共有されました。

さらに牧氏からは、有報への記載にあたり、社内から「もしデータに誤りがあり、後から訂正を求められる事態になったらどう対応すべきか」といった慎重な声があがるという、実務負担の重さに対する切実な懸念も挙げられました。

この「訂正リスクへの恐れ」について、山本氏と森氏から重要な指摘がありました。

山本氏は「有報担当者が最も嫌がるのは、提出後に過去の数値を直す『訂正』を出すこと。それが、開示情報を最小限(ミニマム)にとどめようとする最大の圧力になっている」と現場の心理を代弁します。企業は作業負担や訂正リスクを減らそうと、「リスクと機会の認識」自体を保守的に削ぎ落とそうとする傾向があります。

しかし森氏は、多くの企業が訂正を恐れるあまり、最初の段階で「リスクと機会の認識」自体を保守的に削ぎ落とそうとしている傾向に警鐘を鳴らしました。気候変動はもちろんのこと、例えばサーキュラーエコノミーなども含めて、自社にとって重要であるという経営の認識自体が、後から訂正の対象になることは通常ありません。むしろ、重要ではない細かなデータを無理に集めて記載することこそが、後々の訂正リスクを招きます。マテリアリティの判断基準を用いて不要な細部を勇気を持って削ぎ落とし、バランスの取れたリスク・機会の認識を経営目線でしっかりと提示することが正しいアプローチです。

不確実な未来への開示 ~ ダイナミック・マテリアリティと経営陣の責任

セッションの後半では、ファシリテーターの山吹氏の主導により、不確実性の高い事象に対する開示のアプローチへと議論が深まりました。山吹氏は、「少し前に話題になった『ダイナミック・マテリアリティ』の考え方に近いかもしれないが、AIやエネルギー政策など、時間軸とともに重要性が変化する事象について、経営としてどう向き合っているかを反映することが求められる」と問題提起を行いました。

会場との質疑応答では、このテーマに関連して、新たに有報開示に向けた準備を進めている事業会社の担当者から、次のような切実な質問があがりました。

「ダイナミック・マテリアリティのような不確実なものについて、『なぜそれを重要(マテリアル)と判断したのか』という根拠まで有報に詳しく書くのは、実務的な負担が大きすぎるのではないか?」

これに対し森氏は、「理由の記載は基準上の要求事項として存在するものの、最初からどれくらい詳しく書くかまでは厳密に求められていないため、実務的なバランスを取りながら対応していくことになる」と回答。山吹氏も、「今はまさに過渡期であり、すぐに有報にすべてを書ききるのは難しい。当面は統合報告書でしっかりとカバーしつつ、段階的に有報へ落とし込んでいく準備を並行して進める必要がある」と実務に寄り添ったアドバイスを送りました。

さらに山本氏は、有報の提出根拠である金融商品取引法の目的が「株主保護」であることに触れ、5年後、10年後のリスクを開示するのは当然であり、担当者は「法律の趣旨」を盾に社内や経営陣を説得するアプローチも有効であると語りました。その上で、SSBJ対応は「IR戦略そのものであり、取締役会のマターである」と強調しました。

森氏もこれに同調し、報告のあり方が「過去の報告」から「将来志向(フューチャー・オリエンテッド)のコミュニケーション」へと劇的に変化したことを強調しました。「不確実性の時代において、経営資源をどこに配分するかの意思決定の前提や背景を投資家に伝えることこそが、経営者や取締役会の根本的な責任(レスポンシビリティ)である」と、経営トップの主体的な関与の重要性を訴えました。

また、牧氏が提起するサステナビリティ情報の「第三者保証」に関する課題感に対しても、コストや、財務情報との繋がり(コネクティビティ)を同時に見る観点から同じ監査法人に頼むのが一般的になりつつある(山吹氏)一方で、あえて別機関を選びガバナンスを効かせている姿勢を示すのもIR戦略である(山本氏)という議論が交わされ、ここでも「目的を持った戦略的判断」の重要性が浮き彫りになりました。

実務の要となる有価証券報告書と統合報告書の使い分け

厳格な有報への対応や不確実な未来への開示など、実務担当者が抱える課題が次々と浮き彫りになる中、それらを解決するための「媒体の連携」が極めて重要なテーマとなります。

そこで、企業の統合報告書の企画制作などを支援する立場である私(大村)から、次のように質問を投げかけさせていただきました。

「有報の『硬さ』を統合報告書でカバーするというお話がありましたが、企業からはその使い分けが難しいという意見をよく聞きます。今後どのように連携・使い分けをしていけばよいでしょうか?」

これに対し、森氏と山本氏からは実務の指針となる以下のような見解が示されました。

媒体間での役割分担(森氏)

ここ数年、投資家の目が統合報告書に向き、有報が形骸化することへの危機感から、金融庁なども主導して有報の「統合報告化」が進められてきました。しかし、有報には制度上の「硬さ」がある一方、統合報告書は「自由演技」で多様な表現ができる点に独自の価値があります。

これからのアプローチとしては、この有報の硬さをうまく利用することが重要です。統合報告書で全体像を柔らかく語り、そのエビデンスを有報のサステナビリティ開示で硬さを持たせて提示することで、両者の情報の繋がり(コネクティビティ)を担保していくのです。ガバナンス情報等も同様に、読者を想定した媒体間の役割分担が求められます。

その上で森氏は、「将来的には、統合報告書の内容を有報で展開し、後から結果や責任ばかりを問うのではなく、経営者のオーナーシップが評価されるような、欧州型にシフトしていくのが望ましい」と、個人的な展望を語りました。

目的と対象読者の明確化(山本氏)

大前提として、自社にとって有報と統合報告書では「目的」や「対象読者」が違う可能性がある点に注意が必要です。山本氏は開示の目的を「現在の株主に継続して保有してもらうこと」と「新たな投資家に株を買ってもらうこと」の2択に集約されるとし、「誰に対して出す情報なのか」を明確にした上で制作を進めないと焦点がぼやけてしまうと指摘しました。

まとめ

本セッションを通じて、SSBJ基準への対応は単なる規制対応ではなく、経営陣とステークホルダーの間の「情報の非対称性」を埋め、企業の価値を正しく伝えるためのIR戦略そのものであることが改めて確認されました。

セッションの結びには、登壇者の皆様から日々奮闘する実務担当者へ向けて力強いエールが送られました。

牧氏からは、基準適用に向けて着実に対応を進めている企業とそうでない企業とでは、外部から評価される情報の質に明確な差が生じるとの懸念が示されました。そのため、自社の規模や非上場であるかにかかわらず、継続的に情報を収集し、しっかりとした対応体制を築いていくことの重要性が事業会社の最前線の立場から語られました。

また山本氏は、SSBJや統合報告書への対応は、結果として企業のバランスシートの右下(自己資本・企業価値)を押し上げる非常に価値のある魅力的な仕事であるとして、担当者の皆様へ自信を持って取り組んでほしいという熱い期待が寄せられました。

さらに森氏は、「お金(資本市場)の力で社会や環境をより良くしていきたい」という、制度設計に携わる者としての根本的な願いが共有されました。企業に対しては、受け身の姿勢にとどまるのではなく、自ら制度に対して問いを投げかけるような戦略的かつ「攻めの開示」へ果敢に挑戦してほしいというメッセージが伝えられました。

最後にファシリテーターの山吹氏がセッション全体を振り返り、「SSBJを活用する」ためには、皆様がおっしゃったようなチャレンジをそれぞれの経営・開示の現場で実践し続けることが求められると総括し、議論は盛況のうちに幕を閉じました。

私たちYUIDEA(筆者:大村)は、実務担当者の皆様が自信を持って「攻めの開示」に取り組めるよう、今後も専門的な知見に基づくサポートを誠実に続けてまいります。どのようなサステナビリティ情報開示の仕組みを構築すべきか、媒体の整理やレポート制作でお悩みの際は、ぜひYUIDEAまでご相談ください。状況に合わせた最適なサポートをご提案いたします。



筆者
大村 哲史

株式会社YUIDEA / SX (Sustainability Transformation)
セクションマネージャー

金融機関にて10年以上ファイナンシャルプランナー業務に従事し、最終的には本部CSR担当を務める。またプライベートでは2000年代より国際青年環境NGOのボランティアとして活動。フェアなお金の流れをつくることで社会課題を根本から解決することをめざし、時代に先駆けてESG投資・サステナブルファイナンスの概念普及に携わってきた。YUIDEA参画後は、CSR担当者経験を活かし「お客様目線」を意識したプロジェクトプランニング、アカウントマネジメント、企業研修ファシリテーター等を担当。

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