2023年1月の法改正により、有価証券報告書などの媒体でもサステナビリティ情報の開示が求められるようになりました。女性管理職比率や人材育成方針などの項目が開示必須となります。これら人的資本に関する情報は、統合報告書やサステナビリティレポートといった任意開示の媒体において扱われていましたが、今後はどのように開示をしていくとよいのでしょうか。本記事では、人的資本の開示に注目して、媒体による開示内容の棲み分けに関する参考事例をご紹介します。媒体発行の目的事例紹介の前に、それぞれの媒体における役割の違いを確認してみましょう。有価証券報告書は、上場企業などが提出を義務付けられている法定開示の媒体です。投資家に対する投資判断に有用な情報の開示、また金融商品法に基づいた市場の公正化と投資家の保護を目的としています。一方、統合報告書は日本において法令上の定めはありません。統合報告書のガイドラインとしてよく使用される国際統合報告フレームワークでは、より効率的で生産的な資本の配分を可能とするために、財務資本の提供者が利用可能な情報の質を改善することや、広範な資本(財務、製造、知的、人的、社会・関係及び自然資本)に関する説明責任及びスチュワードシップを向上させるとともに、資本間の相互関係について理解を深めることなどを統合報告の狙いとしています。企業が情報開示において複数の媒体を発行するにあたり、媒体ごとの目的を最初に定めることが大切です。「内閣官房人的資本開示指針」より新設された「記載欄」の概要有価証券報告書に新しい「記載欄」として「事業の状況」の章に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の項目が追加されました。ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標の4要素でサステナビリティ情報についての開示を求めるものです。戦略・指標及び目標など、重要性を踏まえて企業が開示可否を判断してよいものもありますが、人的資本の領域では「人材育成方針」「社内環境整備方針」とそれに関連した指標や実績は全企業が対応すべき項目として定められています。このほか、「従業員の状況」では男女間賃金格差のデータや、「コーポレートガバナンスの状況」では取締役会の活動状況などの開示が求められるようになっています。参考資料)金融庁:サステナビリティ情報の記載欄の新設等の改正について(解説資料)人的資本の開示事例人的資本経営コンソーシアム好事例集に掲載されている企業から、複数媒体における人的資本の開示内容を比較してみました。■伊藤忠商事株式会社有価証券報告書では、サステナビリティ全体を管理するガバナンスやリスク管理に比重を置いて説明。人的資本経営・多様性の開示については、マテリアリティに対して取り組むべき3つの観点のひとつとして挙げています。「ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標」の4要素で簡潔に開示をしています。統合レポートは投資判断の視点である企業価値算定式の情報体系で構成され、人的資本については「持続的な価値創造の原動力」のパートの特集で紹介されています。人材戦略の原動力を6つのポイントで整理し、人材戦略推進に向けたPDCAサイクルを解説するなど、統合レポートの自由度を生かした構成になっています。人材戦略における重要指標は、およそ5年刻みで過去データを掲載しており、改革の変遷を示しています。ESGレポートは幅広いテーマを網羅する情報開示を目的として発行されており、「社会」のパートの中で人財育成についての開示をしています。研修体系や人事評価制度など図版など視覚的な要素も扱いながら説明する構成です。有価証券報告書でも登場した「人材育成方針」が再び紹介されています。■花王株式会社有価証券報告書 では、記載欄の約半分を人的資本について割いています。「ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標」をカラー図版も用いながら紹介。特に特に「戦略」に力を入れており、6つの戦略的アクションと3つの基盤的アクションの丁寧な解説が特徴です。DE&Iといった多様性に関する活動も基盤アクションのひとつとして盛り込まれています。統合レポートは価値創造ストーリーや中長期視点を重視して制作。人的資本の開示については、「企業価値向上に向けた重点戦略」の一つである「人財開発とエンゲージメント」にて、個の成長が組織力の最大化につながるということを示しています。特集記事でこそありませんが、見出しやキーワードを活用して読みやすい構成にしています。サステナビリティレポートは統合レポートを補完する位置づけで制作されており、ESG戦略に沿った開示をしています。人的資本については、「正道を歩む」の一つの項目である「人財開発」のページで開示されています。「社会的課題」「方針」「戦略」「ガバナンス」「リスク管理」「目標と指標」で本文を整理しており、有価証券報告書と似た構成です。ただし、事業インパクトの説明やステークホルダーとの協働事例などの周辺情報や、個別の活動事例や関連データなども収録しており、より詳細な情報を得られる媒体として差別化されています。どちらの企業も、媒体ごとの発行目的を明確に打ち出しており、それに沿った情報開示をしていることがわかりました。「誰に何を伝えるために発行するのか」という原点に立ち返ることで、開示すべき内容が見えてくるのではないでしょうか。