1.「インパクト」への開示要請の高まりCSRD・ESRSでダブルマテリアリティの使用が定められ、企業は自社の事業活動が環境や社会に及ぼす正・負のインパクトの開示が求められるようになりました。また、「インパクト投資」も拡大しており、企業には「事業が環境や社会に対してどのような影響を及ぼしているのか」というインパクトの開示要請が高まっています。国内でも、GPIFが2025年4月以降社会・環境へのインパクトに配慮した投資を検討し始めました。また、同年5月に経済団体連合会が「インパクト評価・投融資に係るデータ・指標等についての考え方」を公表し、企業が「パーパス(存在意義)を起点とした事業活動とインパクトの一貫したストーリー」を開示することの重要性を強調したり、統合報告書の表彰の審査基準に環境や社会へのインパクトが含まれたりと、インパクト関連の開示を支援する動きも見られます。本記事では、インパクトの定義や、サステナビリティ報告においてインパクトに関する情報を開示することによるメリットと、サステナビリティレポートや統合報告書での開示に向けて、最初にすべきことについて解説します。2.インパクトとはサステナビリティ情報開示に関連するガイドライン等では、下記のように定められています。GRIスタンダード(GSSB)GRIスタンダードにおいて「インパクト」とは、組織が自らの活動や取引関係の結果として、経済、環境、ならびに人権を含む人々に与える、または与える可能性のある影響をいう。インパクトは、顕在化したもの・潜在的なもの、プラス・マイナス、短期・長期、意図的・非意図的、可逆的・不可逆的なことがある。これらのインパクトは、 持続可能な発展 に対する組織のプラスまたはマイナスの寄与を示す。インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針 (金融庁)インパクト投資は、投資として一定の「投資収益」確保を図りつつ、「社会・環境的効果」の実現を企図する投資である。GRIスタンダードはサステナビリティ報告全般で、金融庁の基本的方針はインパクト投資の文脈で使われますが、いずれも「企業が環境や社会に及ぼす影響」を指しています。一方、財務資本の提供者(投資家等)を主な読者とする「統合報告書」でもインパクトの開示が進んでいます。統合報告書について多くの企業が活用している「価値協創ガイダンス」では、下記のような関連項目があり、「インパクト」の開示については直接触れられていないものの、ガイダンス自体の方向性としてインパクトを踏まえた情報開示が期待されていることがうかがえます。3.1. ESG やグローバルな社会課題(SDGs 等)の戦略への組込05. 企業が経営課題として特定した ESG 等のリスク〔2-3.〕について、自社のリスクマネジメントの中でどのように管理し、影響緩和のための方策を戦略に組み込んでいるかは投資家にとって重要な情報である。07. 特にグローバルな事業活動を行う企業にとっては、「持続可能な開発目標(SDGs)」等で示される国際的な社会課題に対して、自社の企業価値の持続的向上がこれらの課題の解決にもつながるという「共有価値の創造(CSV)」の観点を念頭に置くことも重要である。例えば、SDGs 等で掲げられる目標について、企業の価値観〔1.〕に基づき、自社の活動の社会・環境への影響の大きさや企業価値を高める戦略の観点から、優先順位を付けて事業活動の一環として取り組むことが考えられる。サステナビリティレポートにも、統合報告書にも、環境や社会へのインパクトの開示が期待されているといえます。3.サステナビリティレポート/サイトでの開示ここでは、サステナビリティレポートやサステナビリティサイトではどのようなインパクト情報が開示されているのか、開示することでどのようなメリットが期待できるのかをご紹介します。サステナビリティレポートやサイトの目的は、「自社の事業が持続可能であると伝えること」であり、多くの場合はステークホルダー全般(従業員、地域社会、顧客など)に向けたコミュニケーションツールとなっています。そのため、開示すべき「インパクト」は「事業活動による環境や社会への負の影響を、どのように軽減しているか」が主なテーマとなります。主な開示事例としては、環境負荷を低減する製品開発ストーリー環境面に配慮した自社製品が、購入・使用されることによって、どの程度の環境負荷が軽減されてきたのかという実績取引先の社会・環境面での取り組みを支援する取り組みなどがあります。このような開示によって、下記のようなメリットが期待されます。マイナス面ともいえる負の影響を、隠さずにきちんと開示することで、信頼性が高まります。顕在化しているインパクトだけでなく、潜在的、中長期的なインパクトについてもどのように管理するかを示すことで、持続可能な企業であることが伝わります。上記等の理由から、「誠実な企業である」というブランディングにつながります。4.統合報告書での開示次に、統合報告書ではどのようなインパクト情報が開示されているのか、開示することでどのようなメリットが期待できるのかをご紹介します。統合報告書の目的は、「自社がどのように長期にわたり価値を創造し続けるかを伝えること」で、主な対象読者は財務資本の提供者、すなわち投資家等です。そのため、統合報告書で開示される「インパクト」は「事業活動によって、どのような環境や社会への価値(正の影響)を創造していて、どのように創造し続けているか」が主なテーマとなります。主な開示事例としては、ロジックモデルなどを活用した、事業とインパクトの関連性の説明価値創造プロセスの中で、どのようなインパクトが創出されるのかの説明特定のプログラムを通じた、従業員へのインパクトの説明などがあります。このような開示によって、下記のようなメリットが期待されます。財務情報だけでは伝わりにくい、社会・環境面での企業の価値を伝えやすくなります。インパクトと財務面の関連性を示すことで、社会・環境面への取り組みへの共感を得やすくなります。上記の理由から、「社会・環境面にも取り組む企業である」というブランディングにつながります。5.開示に向けて、まず何をすべきか冒頭でご紹介した経済団体連合会の考え方では、産業界に対して下記の4点が示されています。 ① 社内の合意形成 ② 中長期的な視点によるインパクト評価の実施 ③ インパクト評価・情報開示の戦略的活用 ④ ベストプラクティスの収集と共有いきなり指標を設定したりデータを収集するのではなく、まずはインパクトに関する情報を開示する目的と、開示がどのような価値につながるのかについて、社内で共有することが必要とされています。社内での共有方法としては、社内の合意形成のための「経営層向けワークショップ」や、「インパクトとは?」といった基本的なところから認識を統一するための「担当者向け勉強会」などを実施することが考えられます。「インパクト」についてのイメージがわかない場合は、先に同業他社の事例を見てみるのも有効です。また、開示にあたっては、初めから完璧なデータや評価指標を揃える必要はありません。事例を探してみると、定性的な説明にとどまっているものも見られます。「インパクト」の開示は、企業のサステナビリティ戦略における重要な要素となりつつあります。まずは自社が「なぜそのインパクト情報を開示するのか」「今後それをどうしていこうとしているのか」について、他社事例も参考にしながら検討してみてはいかがでしょうか。参考資料経済団体連合会「インパクト評価・投融資に係るデータ・指標等についての考え方」日経統合報告書アワード審査基準関連記事統合報告書を作成するメリット経営層向けサステナビリティ経営勉強会ダブルマテリアリティ特定