学生時代、好きな漫画やテレビ番組の誘惑に負けてしまい、後から宿題が終わっていないことに絶望した──そんな経験がある人は、楽しいコンテンツサービスが勉学の敵となり得ることをよく理解していると思う。現代の学生たちにとっての大きな誘惑の元は、SNSだ。そのなかの一つが、若年層から特に人気の高い動画シェアサービス「TikTok」である。ダンス、グルメ、メイク、ネタ系など豊富なテーマの短い動画をでテンポよく閲覧できるのが特徴で、そのコンテンツはいわゆる「バズり」のもととなることも多い。閲覧履歴や「いいね」に基づいておすすめされる自分好みの動画をスワイプするだけで次々と見ることができるTikTokは、まさに誘惑の宝庫だ。勉学の邪魔をするものがあるならば、それを学習ツールに変えてしまえば良いじゃないか──そんな発想をもとに、ある大学が革新的な取り組みを発表した。それが、フィンランドのHaaga-Helia大学による「TikTokのみを通じて全授業を行う」世界初の講義コースである。「アイデアからビジネスへ」と題されたこちらのコースでは、起業を目指す生徒に向け、世界中から集めたビジネスのヒントやアントレプレナーシップについての講義を英語で行う。14のショート動画を閲覧し、課題や最終プロジェクトを提出することで1単位を取得できる。動画は、TikTokの@hh_ideatobusinessで誰でも視聴が可能だ。なお、この授業は必修ではないという。同大学の Teemu Kokko校長は、プレスリリースの中で次のように語る。私たちの学校は革新的なアイデアを取り入れ、変化を脅威としてではなく、革新のチャンスとして捉えています。若年層や学生がすでにTikTokで活発に活動していることを認識し、私たちは、このプラットフォームの軽いコンテンツと一緒に教育コンテンツを提供する機会を見出しました。筆者も実際にそのチャンネルを訪ね、動画を視聴してみた。一つの動画に一つのメッセージ、とシンプルなつくりになっていたり、講師が話すのにあわせて英語のテロップや画像が表示されたりするので、理解しやすい。学びたいという気持ちがあれば、誰でも手軽に学べるのが良い点だと感じた。一方、一つ一つの動画が短いため筆者としては「まだまだ知りたい!」と物足りなさを覚えてしまった。体系的に学びたい人にとってはマッチしない可能性があるかもしれない。また、TikTokというプラットフォームを使用することに対しては、個人情報の流出やセキュリティ面での不安から、懸念の声もあがっている。さらに、SNSの利用を加速させるのではないか、プラットフォームの特性上、注意力が散漫になり学習効率が結果として下がってしまうのではないかといった点もクリアにはなっていない。東北大学加齢医学研究所の川島隆太所長による実験(※)に、スマートフォンと紙の辞書それぞれで調べものをしたときの脳の活動量を調べるというものがある。実験では「僥倖(ぎょうこう)」「憐憫(れんびん)」など難しい単語10個の意味を、スマートフォンで、そして先ほどとは別の10個の単語の意味を紙の辞書で調べた。2パターンにおける脳の血流を比較すると、スマホで調べものをしたときよりも、紙の辞書を使ったときの方が脳活動が高くなっていることがわかったという。この結果は、従来の学習と動画学習の効果をそのまま比べる指標になるわけではないだろうが、デジタルによる学習の効果を問題視する声があるのも事実だ。例えば、スウェーデンでは2023年8月、印刷された本での学習や、手書きの練習などに重点が置かれ、その分、タブレットを使った自主的なオンライン調査、キーボード操作のスキルに割く時間は減らされたという。賛否の声が上がるTikTok講義コース。誰もに開かれたより良い学びの場をつくるため、「この方法が絶対だ」「この方法は間違っている」と決めつけず、学習の新たな可能性を模索していく必要があるだろう。※ インターネットの脳への影響と「適切なつきあい方」(NHK健康チャンネル)【参照サイト】Finland launches the world’s first official university course on TikTok: Anyone can now earn credits on social media(Haaga-Helia)Idea to Business (exclusively on TikTok)hh_ideatobusiness2024/5/7IDEAS FOR GOOD[原文はこちら]IDEAS FOR GOOD は社会を「もっと」よくするアイデアを集めたウェブメディアです。最先端のテクノロジーから、思わず「なるほど!」と言いたくなる秀逸なデザインや広告、政府の大胆な取り組みにいたるまで、世界中に散らばる素敵なアイデアをお届けします。