(※S-Rayは、2022年に「ESGブック」にブランド名を変更しました)2017年10月18日、日経新聞の一面を「ESG投資 市場の3割に」という見出しが飾りました。「環境・社会・統治『見えない価値』に着目」というサブタイトルがついたこの一面は、メインストリームの投資家だけにとどまらず、企業側にもESG投資を意識することを迫るかのようでした。責任投資原則(PRI)への署名は1,750機関を超え、運用総資産額は70兆ドルにも及んでいます(2017年10月時点)。そして年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、ESG指数を選定し、その指数に基づくパッシブ運用を開始し、3兆円規模での運用を目指しています。アセットオーナーを中心として、アセットマネージャーが中長期的視点に基づくESG投資への意識が強くなることは、企業にとっても、場当たり対応ではなく、中長期的な成長戦略を描く上での追い風になりえます。企業は、適切なESGの情報開示によって、評価機関への対応を進めていく必要が高まっているといえます。今回は、その金融情報サービス提供機関の中でも人口知能(AI)を用いて、多面的に企業のESG評価を行うという、これまでに例のない新しいシステムによって運用されている「S-Ray」について、このサービスの提供組織である「アラベスク」の日本代表である雨宮氏に、その内容をお伺いしました。財務面だけでなく、非財務側面の評価にAIが使われることによって、その評価はこれまでとどう変わるのか。また、他の金融情報サービスとどう異なるのか。ESG情報提供の最前線に迫ります。「アラベスク」という組織とはアラベスクは2010年ごろ英バークレイズ銀行の社内起業で立ち上がった事業です。当時、同行で欧州およびアフリカ・中東地域の責任者であったオマー・セリム(現アラベスクCEO)が、自らの担当している機関投資家の間でサステナビリティやESGという考え方が急速に広まっていることに触れ、英バークレイズ銀行でも対策を立てなければならないと考えました。当時、すでに金利は世界的に最低水準まで下がり、欧州でもデンマークが政策金利をマイナスにするなどの状況になっていました。機関投資家の資金の大半は国債や社債の債券市場に投資されていましたが、超低金利の状況では債券投資からの収益は限られるため、オマー・セリムは今後資産配分において株式投資の比重が高まるであろうと考えました。しかし、セリムは従来型の株式投資では債券投資の代替になることはできないと考え、機関投資家が注目しているサステナビリティやESGを株式投資に含める投資戦略を考えました。さらに、セリムは、サステナビリティやESGの調査機関が発表しているレーティングや評価に一貫性が無い事に気づきました。同じA社に対するESGの評価に対して、複数の評価機関がそれぞれに異なる評価を出していることが多くみられました。セリムは、このような評価を運用会社が利用するには評価のバラつきが大きいと考え、自身の運用会社では利用できないと考えました。しかし、各評価機関は人的リソースや資金をかけてESG評価をしているため、それぞれの評価結果にはバリュー(価値)があると考え、異なるバリューの最適な値を求めていく方法を見出すことに至りました。ほぼ同じ時期に、運用そのものについても、出来る限り運用コストを抑えながら、効率的にパフォーマンスを生み出すことができる運用方法を模索していました。その結果、企業の財務情報や公開されている情報をビッグデータで集め、株価の予想やモメンタム(相場の勢いを)にAIを活用する運用方法がアラベスクにとって最適であるということになりました。そして、このビッグデータとAIを活用した手法を、評価機関毎に異なるESG評価の最適値を求める方法にも活用できるのではないか考えました。また、評価機関の企業のESG評価が四半期や年1回の更新に限られ、企業のESG評価も過去の実績に対する評価のため、タイムリーな情報ではありません。そこで、ビッグデータとAIを活用することで、オンライン上のニュース等の情報を企業毎に収集し、AIによってそれらの情報を各企業のESG評価項目に割り振っていくことを考えました。現在、世界で公表されている情報の90%はここ数年に出されたものです。つまり、毎年、世界で得ることのできる情報は前年までの全ての情報を上回る情報量が出現しています。この情報量のエクスポネンシャル(指数関数的)な状況を投資に活用することにしました。このようにセリムはESGの運用にビッグデータとAIを活用した方法をバークレイズ銀行の中で開発していましたが、より積極的に事業を展開していくため、2013年に同行から独立し、アラベスク・アセット・マネジメントを設立しました。2014年8月にはこれまでに述べた方法で運用するファンドが立ち上がりました。「S-Ray」とはでは、アラベスクの提供する「S-Ray」とは何でしょうか。S-RayはESGに特化した運用を実現化するためにアラベスクが開発したESGのスコアリングツールになります。前述のようにビッグデータとAIを活用して各企業のESG情報を収集し、スコアに反映させていきます。S-Rayでは二種類のスコアがあります。一つがGCスコア、もう一つがESGスコアです。■GCスコアGCスコアは国連グローバル・コンパクト(Global Compact)の10原則の主要課題である環境、人権、労働権、反腐敗を基準に、各企業をスコアリングします。グローバル・コンパクトは、すべての企業や団体に、社会的責任のある行動規範を求めています。したがって、GCスコアは、企業の行動規範をスコアするため、企業の業種や規模にかかわらず、全対象企業が横断的にスコアされます。■ESGスコアESGスコアは、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)の3分野からスコアリングされます。それぞれの企業によって各分野が業績に及ぼす影響は異なります。製紙会社であれば、その業績にE(環境)が及ぼす影響度は大きいと考えられますが、金融機関の業績には大きく影響しないと考えられます。一方、金融機関にとってガバナンスは業績に重大な影響を及ぼしますが、製紙会社にとってはそれほどの影響はないと考えられます。そこで、S-Rayでは業種毎にマテリアリティのウェイトを調整しています。このようにESGスコアは業種毎に比較することが可能なスコアとなります。もう一つ、S-Rayにはユーザーにとって重要な機能があります。それは選好フィルターです。機関投資家として大学や宗教法人が運用を積極的に行う欧米では、投資対象の企業や業種に制約を設けることが少なくありません。たとえば、武器兵器を製造するメーカーを投資対象から外すという制約や、アルコールやタバコを製造する企業を対象から外すという制約です。S-Rayでは、ユーザーはこのような社会的に懸念されている事業活動を行う企業を除外することができます。現在、ESGBookはウェブサイトで公開されており、どなたでもアクセス可能です。 このサイトでは毎日のトータルスコアを確認することが可能です。 例えば、ESGブックのスコアは毎日算出され、その中のトータルスコアであるESGパフォーマンススコアを毎日閲覧することできます。また、スコアの対象企業は世界の上場企業約9000社、そのうち日本企業は約1000社になります。—————————————————————————————————————————AIとビックデータを用いた企業のESGスコアリングである、アラベスクの「S-Ray」。いかがでしたでしょうか。是非一度、自社の状況などご確認いただければと思います。ESG投資の増大、さらには情報自体が溢れるように増え続ける中で、投資家側としてもどう企業を適正に評価するか、関心が高まっているといえます。では、企業側はどのように対応をしていけば良いのでしょうか。次回は、企業のESG情報開示の在り方について、雨宮氏にお伺いしていきます。(後編の記事はこちらから)雨宮 寛 (あめみや ひろし)氏/略歴ESG Book 日本代表。コーポレートシチズンシップ代表取締役。DWMインカム・ファンズ日本代表。 CFA協会認定証券アナリスト。外資系金融機関に勤務後、2006年にCSR/SRIの普及・啓蒙を目的としたコーポレートシチズンシップを創業。これまで共訳書・監修としてロバート・ライシュ著「暴走する資本主義」や「最後の資本主義」、フィリップ・コトラー共著「グッドワークス」(いずれも東洋経済新報社発行)等多数【参考リンク】SFDR(EU)Final Report on draft Regulatory Technical Standards (EU)